南裕先生の催眠術界での功績

 

私の催眠術の師、人生の師でもある、南裕先生が享年59歳で亡くなられました。

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私が催眠の世界に出会ったのは20年程前になります。
当時は、催眠術の認知度は低く、催眠術の話をすると「睡眠術?」と何度も言われたものです。

※ここでの「催眠術」は、エンターテインメントの「催眠術」としておきます。当時から医療・教育の分野で催眠術はありました。

それが現在では誰でも催眠術を知っていますし、多くの人に求められるようになりました。
それはネットやSNSの影響が大きいのですが、当時からこの世界を見てきて思うことが、最初の渦を作った人が何人かいて、その一人が南先生だということです。

 

知らない人も多いので、南先生の催眠術界での功績を記しておきたいと思います。

 

私が最初に学んだのは催眠療法(ヒプノセラピー)でした。
この頃は、催眠術と催眠療法との区別がついてなかったのですが、ネットで検索するとほとんどが催眠療法を教えているスクールだったので、よく分からずに催眠療法のスクールを選択しました。
1年程スクールに通ったのですが、自分が人に対してできるとは全く思いませんでした。
その頃にエンターテインメントの催眠術の世界が別にあると知り、学びたいと思ったのです。

そこで出会ったのが南先生でした。
初めてスクールに通ったときは、これまでやっていた誘導とは違い、テンポの速さに驚いたものです。
「自分は催眠術にはかからない」と思っていたのですが、手が開かなくなるカタレプシーの現象が起こったのは強烈な感動でした。
私は、スクール初日から催眠術の楽しさと面白さに感動して、催眠術の虜になってしまいました。

 

南先生は「催眠術OFF会」というイベントを開催されていました。
催眠術の認知度は低かったのにも関わらず、毎回 全国各地から40人程度が参加されていました。
間違いなく当時で一番盛り上がっていた催眠術のイベントでしょう。
数少ない催眠術師が集まり、交流が深まり、コミュニティーが広まっていきました。
活動をする人も増えていき、少しずつではありますが催眠術が広まる最初の渦となりました。

南先生があのイベントを作っていなければ、催眠術スクールをやっていなければ、今の催眠術の広まりは数年遅れていたことでしょう。

 

南先生の催眠術界での功績。

数多くの催眠術師を育てたスクール。
エンターテインメントの催眠術のパイオニア的存在。
日本催眠術協会で催眠術の信用度が高まった。

どうしても伝えたいと思い文章に残しました。

 

私も南先生に育てて頂いた催眠術師の一人です。
催眠術の楽しさを教えてもらい、京都で催眠術を広めるために催眠術スクールを開校する決断をすることができました。
もし南先生に出会っていなければ、間違いなく今の私はなかったことでしょう。
かれこれ17年も活動を続けてこれたのは、催眠術の楽しさを教えてくれた南先生のおかげです。

だからこそ、南先生の名前を残していきたいですし、南先生から教わった催眠術を継承していきたいと強く思っています。
というより、私の催眠術のベースは南先生から教わったこと。
私が教えた催眠術は、私のスクール生にも受け継がれています。

そしてその先にも。

 

私の催眠術の師。
私の憧れの存在。
私の人生の道しるべ。

 

南先生ありがとうございました。

 

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